世界の窓:フィルムで学ぶ

『レ・ミゼラブル』が描くフランスの多文化社会:郊外に息づく現実と葛藤

Tags: フランス映画, 社会問題, 移民, 多文化社会, 警察

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今回ご紹介する映画は、2019年に公開されたフランス映画『レ・ミゼラブル』です。ヴィクトル・ユゴーの不朽の名作と同名ですが、この作品は19世紀のパリではなく、現代のパリ郊外に焦点を当てています。カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた本作は、単なるエンターテイメントとしてだけでなく、現代フランス社会が直面する多層的な問題、特に郊外(バンリュー)の貧困、人種、そして警察との複雑な関係を鮮烈に映し出しています。

この記事では、映画『レ・ミゼラブル』がどのようにして現代フランスの文化や社会の深層を露わにしているのか、具体的なシーンや設定に触れながら解説してまいります。この映画を通して、私たちはフランスの多様な文化が織りなす共同体、そしてそこで生まれる葛藤や課題について、新たな視点を得ることができるでしょう。

現代の「悲惨な人々」が暮らす郊外(バンリュー)

映画の舞台は、ユゴーの小説と同じくパリ郊外のモンフェルメイユです。しかし、21世紀のモンフェルメイユは、貧困と移民問題が深刻化する「バンリュー」と呼ばれる地域を象徴しています。「バンリュー」とは、主に大都市周辺の経済的に恵まれない地域を指し、多くのアフリカ系やアラブ系の移民とその子孫たちが暮らしています。彼らは、低賃金労働、失業、教育格差といった社会経済的困難に直面しており、社会の中での疎外感を抱えています。

映画は、少年たちがワールドカップでフランス代表を応援する陽気なシーンから始まりますが、すぐにその裏にある厳しい現実へと観客を引き込みます。サッカーの勝利が一時的な連帯感を生み出しても、日常に根差す構造的な問題は解消されません。物語の中心となる少年たちの生活は、そうしたバンリューが抱える鬱屈を体現しており、彼らが直面する不公正や抑圧が、社会全体に広がる不満の縮図として描かれています。

警察と住民の間に横たわる溝

本作の主要なテーマの一つは、警察とバンリュー住民との間に存在する根深い不信感と緊張関係です。主人公の警察官ステファンが、犯罪多発地区を管轄する「アンチ犯罪班(BAC)」に配属されたことで、観客は警察の視点からこの地区の厳しい現実を垣間見ることになります。

ステファンの同僚であるクリスとグワダは、長年この地区を担当しており、住民との間に独自の「秩序」を築いています。しかし、その秩序はしばしば強権的で、時には暴力的な手段を伴います。特に、警察による少年への不当な扱いが、決定的な事件を引き起こすきっかけとなります。映画は、警察官もまた厳しい環境の中で職務を全うしようと葛藤している様子を描きつつ、その行動が住民、特に若者たちの反発と怒りをどのように増幅させていくのかを鮮やかに示しています。この警察と住民の間の溝は、単なる個人の対立ではなく、フランス社会における国家権力とマイノリティとの関係性を深く問いかけるものです。

多様な文化が織りなす共同体と葛藤

バンリューは、異なる文化、宗教、民族的背景を持つ人々が共存する多文化社会の縮図でもあります。映画には、アフリカ系、アラブ系、ロマ民族など、多様なルーツを持つ住民が登場し、それぞれが独自のコミュニティや「掟」を持っています。例えば、「市長」と呼ばれる存在は、公式な行政機関ではないものの、地域の紛争を仲裁し、コミュニティ内の秩序を保つ重要な役割を担っています。

しかし、この多様性は常に調和を生むわけではありません。映画は、コミュニティ内部での部族間の対立や、世代間の価値観のギャップも描いています。少年たちの行動規範は、ストリートで培われた独自の倫理観に深く根差しており、それはしばしば国家の法や大人の論理とは異なるものです。このような複雑な人間関係と社会構造が、一つの小さなコミュニティの中に凝縮されている様子は、フランス全体の多文化共生の難しさと可能性を同時に示唆していると言えるでしょう。

映画が問いかけるもの

『レ・ミゼラブル』は、現代フランス社会が抱える深刻な問題に目を向けさせ、私たちに多くの問いを投げかけます。正義とは何か、秩序とはどのように保たれるべきか、そして異なる背景を持つ人々はいかに共生していくべきか。映画のラストシーンで示されるユゴーの言葉「友よ、覚えておきたまえ、悪い草も悪い人間もいないのだ。いるとすれば、悪い栽培者がいるだけだ」は、この物語が単なる悲劇ではなく、社会システムそのものへの深い批判と、未来への希望を秘めていることを示唆しています。

この映画を鑑賞することで、私たちはフランスという国の光と影、その多様な文化が織りなす美しさと、そこに潜む社会的な亀裂について深く考える機会を得られるでしょう。ぜひこの機会に『レ・ミゼラブル』をご覧になり、ご自身の目で現代フランスのリアル、そしてそれが示唆する普遍的な社会問題を感じ取ってみてください。